【留学レポート】荒川茉莉子さん(第17回ハイメスコンクール<ピアノ部門>第1位)

ピアノ 荒川茉莉子(ジャスミン・アラカワ) 

インタビュアー:広報委員 駒ヶ嶺ゆかり

記録・撮影:広報委員 立花雅和 森吉亮江

2015年6月、アメリカ在住の荒川さんが一時帰国された際にインタビューを行い、自身のアメリカ留学について、またアメリカを拠点に活動されてる現在についてお話しを伺いました。

駒ヶ嶺ゆかり(以下、駒ヶ嶺):今日はありがとうございます。事前のアンケートの回答を読ませていただいた印象ですが、“ものすごい生き方をしていらっしゃるな。大変興味を持っています。今感じる北海道における音楽への危機感と、またアメリカならではの危機感もあるのかもと思いました。

荒川茉莉子さん(以下、荒川):アメリカは広さも違うし、色々な方もいますし、特にクラシック音楽への危機感があるのは全く一緒です。

駒ヶ嶺:この北海道では、音楽大学を卒業後、それをどう活かして生きていくか良い例があまりに少ないと思います。この先の未来に希望が持てない現状があります。今荒川さんがアメリカで仕事をされているのは、大学卒業後、専門をどう活かすかを学び、正に実践してらっしゃるのですよね。
荒川:そうです。「テニュアトラック」という言葉についてですが、アメリカでは大学の先生になる場合に、最初に雇われるのは、基本的に1年間講師(または助教)です。インターンとは違い6年後には、それまでの業績を他の先生にチェックされ、7年目にOKが出て「テニュア」を取得する。それは余程のことがないかぎりクビにはならないもの。日本においては雇われた段階でのお話になりますか。つまり、アメリカでは雇われて最初の6年間は、テスト期間のようなもの、ということですね。教えるポストに就くのはなかなか大変です。私の場合は、博士号を取る直前から申し込みを開始し、博士号を取った瞬間に電話インタビューが来ました。40~50件に出した内、電話インタビューが来たのが8件、その後Skypeインタビューがあり、実際にキャンパスに招聘されてインタビューというのは2件、最終的にサウスアラバマというモービル市にある大学からオファーが出て、それを受けたという次第です

駒ヶ嶺:「テニュアトラック」を受けようとの仕事をしたいと思ったのは大学の先生になろうと思ったからですか?

荒川:そうです。一応アメリカの大学はリベラルアーツに音楽が入っているので、もちろん一番違うのはジュリアードとかカーティスとか専門の音楽院といった、日本での音楽大学と同じような学校というのと、その他普通の大学にも音楽科というのがあるんですね。演奏家になりたい人じゃなくても、音楽が勉強できるのはすごく素敵だなと思い、自分もそういうことに関わっていきたいと考えました。もちろん専門的な音楽家を育てる事も素敵ですし、いずれは両方関わっていけたらと思っています。

駒ヶ嶺:ご自身としては、演奏家という立場も重要ではないのですか?

荒川:もちろんそれは重要です。「テニュア」を取るには、演奏活動をしなければなりません。私の場合ちょっと特殊で、仕事内容は、30%がティーチング、30%は伴奏です。学生の伴奏もするし先生のリサイタル、ゲスト・アーティストが来た時の伴奏も全部します。後の30%はクリエイティブアクティビティといって自分のプロフェッショナルな活動、色々なところにコンサートに行くことや、マスター・クラスを開くとか、それが仕事の中に入ってきます。残り10%は大学の委員会や会議などのサービスです。面白いのは自分の仕事の30%にプロフェッショナルとしての仕事、ディヴェロプメントというのですが、自分のリサイタル、生徒のリクルートが仕事として認められる。教えてばかりで、アラバマ以外の都市で演奏活動をしてないと、仕事としての評価は低くなります。コンクール入賞したなどのキャリアだけでなく、博士号をとっているとか、総合的なプロフェッショナルな活動が出来るか、そういったことを鍛えるのがアメリカだと思います。

駒ヶ嶺:「テニュアトラック」というのは、給料は貰っているんですか?

荒川:それは普通の仕事ですので保証されています。1年毎に見直しがあり、学部長などから評価がでます。良ければ更新ということになります。アメリカの場合2~3年教えたら違う大学へ移るというケースもよくみられます。その際もそれまで働いていた年数は交渉次第でカウントされるので、動きやすいというのもあります。

駒ヶ嶺:そのようなシステムがないと、人は育たないですね。こういったシステムはアメリカやカナダが盛んなのでしょうか?

荒川: カナダではテニュア・ストリームというようです。ヨーロッパではこういったシステムはあまり無いのではと思います。ヨーロッパには非常に優れた先生が沢山いらっしゃいますが、非常勤講師のような保証されない立場が多いと聞きます。アメリカにこのシステムがあると知った時、とても魅力的に感じました。

駒ヶ嶺:しかし相当な努力をされていると思います。しかも外国人でそのシステムの中に入っていくのは簡単なことでは無いと思います。荒川さんは芸大を卒業され、ハイメスコンクールを受けられたのですよね。


荒川: そうです。大学時代は競争も激しく、自分の演奏や進路がよく分からなくて悩んでいました。色々なことは勉強しましたが、ポジティブな環境では無かったと思います。もともと国際活動にとても興味があり、国連職員の仕事のことなどを調べているうちに、アメリカの大学での音楽事情を知り、そういう環境で勉強したいと思いました。卒業間近に親に相談すると「素晴らしいと思うけどお金はないから勝手にやってくれ」と言われました(笑)。
アメリカの大学のいいところは、ティーチングアシスタントとしても芸術系でも奨学金が出ます。これだったら行けるかもしれないと思い、調べているうちにニューヨークのマネス音楽院で「インターナショナル・キーボードフェスティバル」というものが有る事を知り、アリシア・デ・ラローチャというスペインの先生がゲスト・アーティストだったので、私はスペイン音楽も大好きだったので行きました。しかし多くの生徒さんが受講していて入れてもらえず、別の先生のレッスンを受講することになりました。ジェロム・ローズというマネス音楽院の先生なのですが、その先生のレッスンを受講する生徒が現れず、代わりにレッスンを受けることになりました。また先生から「今夜のアリシア・ラローチャの公開マスター・クラスに出てみなさい」と言われ、そんなチャンスは日本では巡ってこないと思いました。また受講生もとても楽しそうに演奏している。そんな姿を見て、アメリカでやっていけるんじゃないかと思ったのが生活するようになるきっかけです。

駒ヶ嶺:そして、アメリカの大学院を受験したのですね。ハイメスのコンクールが終わってから。

荒川:そうです。その頃にはインディアナにいこうということは決めていました。

駒ヶ嶺:ハイメスコンクールを毎年開催しておりますが、必ずしも留学先が決まっていない方も多いと聞きます。今回、荒川さんがハイメスにお声を掛けてくださったのは、ハイメスのコンクールとタイアップして頂けるのではないかと思いましたが。

荒川:ぜひそのような企画があれば、いつでも協力したいです。

駒ヶ嶺:アメリカを留学先として選択するには、情報がないかぎり飛び込んで行く事は難しいでしょう。しかし、荒川さんはすばらしいチャンスを自ら掴まれました。アメリカとヨーロッパは全然環境が違うと思いますが、留学先の選択肢としてぜひ考えてほしいですね。 そのような中、「テニュアトラック」の一環として荒川さんが留学生をプロデュースしてみてはいかがでしょう。またハイメスのHPに、荒川さんの情報を頂く窓口を作り、より詳しくアメリカの事情などを紹介したり、質問に直接お答え頂くというのも良いかもしれませんね。

荒川:ぜひやらせていただきたいですね。インターネットを活用したSkypeレッスンや大学の課題の提出などは、私が留学し始めたころから出てきました。アメリカはテクノロジーをどんどん駆使しずいぶん楽になっています。

駒ヶ嶺:若い人が勇気を持って自らの道を切り開いてほしいですね。そういう意味においても、荒川さんの生き方、存在は大きな刺激になると思います。

荒川:インディアナで唯一の欠点は、ロケーションです。やはりニューヨークでは活発な芸術的活動が起こっています。そこでサマーフェスティバルなどを利用し、インディアナの外で様々なミュージシャンや留学生たちと交流する機会を作りました。そこで知り合った音楽仲間たちは、今でも情報交換をしたりしています。

駒ヶ嶺:本日のインタビューでも沢山の情報を頂きましたが、今後のハイメスコンクールを受ける方たちにとっても、大いに役に立てて貰えると思います。ぜひ今後は定期的に、このような情報を送って頂きたいです。ところで最後に、アメリカで荒川さんをどのように受け止めていらっしゃると思われますか?

荒川:あまり考えたことはありません(笑)。日本人であることは自覚してますが、様々な人種がいて「よそ者」という感じはしません。日本人だという先入観もないです。ヨーロッパに留学した人の中には、日本人であることにコンプレックスを抱く人もいたようで、それはクラシック音楽がヨーロッパ人のもの、という意識があったからかもしれません。

駒ヶ嶺:自分に合ったものを引き出されながらアメリカで生きて行く。当然あるレベルがあるからでしょうけれど、勉強するにしても研究するにしても、生活が保証されていることは大きいのではないでしょうか。

荒川:日本で一番いいなと思うのは、基本的に健康保険があることですね。フリーランスでやっていても、病気になったらきちんと保証される。アメリカは保険も自己責任なので働かないと難しい。いまはオバマケアありますが、アメリカではフリーランスは、特に家族がいると難しいですね。

駒ヶ嶺:荒川さんのように、働く事と学ぶ事を同時進行させることを叶える事が成功の鍵ですね。日本から出て行いき学ぶだけで帰ってくるというのは今の時代どうなんでしょうか。働きながら学ぶ意気込みが、人生を切り開いたのだと感じます。これからの留学はそのような発想が必要でしょうね。

荒川:そういう意味ではアメリカはすごくやりやすいです。ヨーロッパでは留学生ビザでいったら収入を得てはいけないという国もあります。アメリカでは、自分の学んでいる分野とある程度つながっているのであれば、20時間以内まで働く許可がでます。例えば私は学生の時アルバイトは出来ませんでしたが、ピアノを教えるとか、伴奏など音楽に関係のあるものであれば働けました。また今は卒業してから1年間、OPT(Optional Practical Training)といって特殊なビザがあり、自分の分野で1年間働いて良いというビザがでます。そこでインターンシップなどをして、自分の仕事につなげるというシステムがあり移民にはすごく挑戦しやすいです。

駒ヶ嶺:大学で学んだ事を活かすためには、必要なシステムですね

荒川:アメリカは今、特にコンピューターサイエンスがものすごく盛んですが、働いている人はよく見るとほとんどインド人だったり、アメリカ人だけでは成り立っていません。良い人材はキープしたいし残って欲しいと考えています。

駒ヶ嶺:そのような考え方が根底にあってこそ、国も育っていくのでしょう。人材こそ国の力ですから。色々切磋琢磨しながらも、アメリカという自ら選択した国に結びつき、勇敢に生きてらっしゃるのですね。素晴らしいです。

駒ヶ嶺:この先もずっとアメリカにいらっしゃるご予定ですか?

荒川:そうですね、年に一、二度、2年に一回の時もありますが、帰ってきています。、交換留学とか、私が知っている情報というのも沢山ありますし、アメリカというとあまり日本人がいなく、クラシック音楽を勉強するとなるとヨーロッパという人が多いですから、アメリカで勉強する魅力というものを伝えていけたらいいなと思っています。

駒ヶ嶺:ヨーロッパのど真ん中で学ぶというのと、客観的にヨーロッパを見て学ぶというのとでは、視点が大きく違いますよね。

荒川:アメリカの場合、大学がいろいろな先生方を引き抜くのですが、ヨーロッパは保障があまりないということで、結構インディアナ大学などに来るんですよ。パリなどに住んでいる先生などもですね。

立花:僕の(フランスの)先生もです。

荒川:今、カリフォルニアにいらっしゃいますよね。パリに行った時に一緒に演奏しました。ですので、ヨーロッパの先生に習いたいけれども、アメリカに来て学ぶこともできるわけです。私も、ナディア・ブーランジェの最後の弟子だったというエミール・ナウモフ先生と勉強して、それが素晴らしい出会いでした。生活のベースを作ろうということではアメリカは私にとってすごく入りやすかったです。いろんな人におすすめですね。

駒ヶ嶺:誰にでもできることではないと思いますが、このような生き様をぜひ知って頂きたいと思います。

荒川:いずれ自分でアプリとか作れたらいいなと思っているのですが、インターネットを使ったレッスンよくみられるようになって、インターネットベースのクラスもあるんですね。また、先生の都合、例えば私が演奏活動をしていて、毎回同じ曜日の同じ時間に授業に来られない場合、オンラインにしてしまうと時間は限られないので、役立ちます。日本はアメリカに比べるとあまりそういうサポートがなくて、ヨーロッパもあまりないですよね。こういうのはこれからのキーなんじゃないかなと思っています。私は職員として大学のクラスが受けられるので、簡単なデータベースのクラスとか、今ビジネスに興味があって、音楽を使って何か起業できないかと、今はまだイメージはぼやけていますが、いろんなクラスを取ればアイデアも出てくるんじゃないかなと思っています。

駒ヶ嶺:スカイプなどでレッスンするビジネスを立ち上げることもできるのではないですか。

荒川:例えば、演奏会に来てもらうとか、昔CDもなかった時代ではそれがエンターテイメントだったわけですから、今時代、テレビもあるわけですから音楽会に行かなくてもみんな楽しめるわけです。それでわざわざそういう人たちに足を運んで演奏会に来てほしいと思うようになるというのは、日頃から音楽が好きであったりだとか、専門家を育てるということはもちろん大切だけれども、それ以外のファンを増やす、それこそ地域、幼稚園や小学校で音楽をやるとか、老人ホームや企業とかでも音楽ができるとか。ヘルスサイエンスを勉強していた友人から、ジムに行って運動をするとそれがポイントになって、そのポイントが企業でのランチでお金になるというシステムの話を聞いたことがあります。健康を促進する、そしてお金がもらえる、皆ヘルシーになって医療費の削減にもなるということですね。例えば忙しい企業の雇用特典のうちに音楽のレッスンが半額になるとか、休み時間にフルートのレッスンができるとか、いいアイディアだと思います。学生を連れて行って学生も教える勉強になったりとか、タイアップの発想なんかがあると演奏会にも来たいと思うかもしれないし、音楽って魅力的なものだし、音楽が嫌いな人ってあまりいないと思うんですね。特にクラシック音楽は聴きやすいし、絶対にポテンシャルはあると思うんですよね。実際にこのような活動を始めている企業もあるようです。

駒ヶ嶺:演奏家を支えているのは聴衆であり、聴衆の層が増え、一つのピラミッドを作る。演奏するということは、そのような視野や、人々から興味を持ってもらうことから発展しますよね。そこにもビジネスのチャンスがあるのでしょうね。音楽そのものからあらゆる可能性があることを学ばされます。

荒川:今は昔と違ってパフォーマーになる、それだけという選択肢はほとんどなくて、大学の教授としてだけで仕事をするというのも難しく、いろんなことをやらないといけない、そういう風に思うのではなくて、何が音楽で成功なのか、演奏家になることだけが成功ではない、自分で何を成功と定義するかを変えなければならない、時代によって。例えば、音楽とちょっと関わって何かをしていることがその人にとって成功なのかもしれないし、それを場所と時代によって柔軟に考え変えていかないと、そしてそういうことを考えられる学生を育てたい、と思っています。例えば今の時代、豆腐屋さんをとっても、普通に売るだけではなく、新しい商品を開発したり、オンラインを利用したりなど、それは音楽も同じだと思うんですね。音楽もいいものは伝統を守りつつですね。そういう意味では、日本を外から見てみるというのは大切だろうし、ちょっとの間でも国外に出て生活して帰ってくるだけでも違う経験ですよね。いろんな人にどんどん出て頂きたいし、アメリカにもぜひ来ていただきたいです。アメリカではいろんなところから来るいろんな人との出会いも多いですね。アジア人やヨーロッパ人、特に今は南米系がすごく多いです。

駒ヶ嶺:素晴らしい方がハイメスに関わって下さることを嬉しく思います。またご帰国の際にお話を伺えると有難いです。荒川さんをきっかけに、ハイメスからアメリカに行く方がいてくれたら嬉しいです。今日はどうもありがとうございました。

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